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時務を識るは俊傑に在り 今こそ伏龍、鳳雛を求めよ <細川護熙さんエッセー>
中国の歴史の入門書である「十八史略」は、宋末から元初めに生きた曾先之[そうせんし]という文人によって書かれたものですが、モンゴルに攻められて南宋が滅亡した激動期を生きた彼は、異民族支配に抵抗しながら、漢民族の歴史を綴[つづ]りました。数カ年の歴史を簡潔に面白く読ませることを主眼にしたものです。中国の史書は、始めから終わりまでひたすら人間を描いていて、この「十八史略」もまさに人間のドラマで埋まっています。
その「十八史略」の冒頭に出てくるのが、中国の歴史上いちばんの名君といわれ、「堯舜[ぎょうしゅん]の治」という成語まである堯帝(中国古代)の話です。
堯帝が天下を治めて五十年ほどたったあるとき、堯帝はふと自らの治政をかえりみて、果たして治政がうまくいっているかどうか、また民たちが自分を上にいただくことを心から喜んでいるかどうか、そんな思いにかられて、左右の重鎮たちに尋ねてみました。
ところが、いっこうに要領を得ません。そこで直接行政に携わっている官僚たちや民間の有識者たちにも当たってみましたが、これもラチがあかない。
こうなっては自分自身が民の中へとびこんでいって調べる以外にないと思い、ある日意を決して、お忍びで市井の雑踏の中へ入っていきました。
するとちょうど子供たちがはやしたてています。
「みんなの暮らしが楽なのは、わが堯帝のおかげです」
無心に歌うこどもたちの歌を聞きながら、まあこれなら政治が空回りしていることもないだろうと思いながらさらに進んでいくと、今度は一人の老人が何かを食べながら、太鼓腹をたたき、足拍子をとって歌っているのに出くわしました。
「お日様上がれば野良仕事、お日様沈めば帰りましょ。そこらに井戸掘りゃ水はわく。黙って耕しゃ米がなる。天子さまのお力なんぞ、わしらにゃ縁のないことさ」
この歌を聞いてたぶん堯帝は心に深くうなずいたと思います。
この話にはいくつかの教訓がありますが、トップは帽子みたいなもので、軽ければ軽いほどいい、トップの存在をスタッフの人たちがあまり気にしないぐらいなら、トップとして合格点ということでしょう。
堯瞬の時代は、世の中が落ち着いた平和な時代でしたが、乱世になると状況が全く変わって常に命をかけたギリギリの場に生きていくことを要求されます。そういう時代のリーダーはいい意味でも、悪い意味でも、虚飾をはぎとった裸の実像がさらけ出されるものです。
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