救済と補償 揺れ動いた1年
旧自公政権下で作業が進んだ水俣病特別措置法が、衆院解散直前の7月上旬に滑り込みで成立。2004年の関西訴訟最高裁判決を機に再燃した未認定患者問題の解決を目的に年末まで救済策の具体化に向けた作業が続いた。特措法には、被害者団体などの反発が強かった原因企業チッソの「分社化」も、同社を救済策の枠組みに引き込む交換条件の形で盛り込まれた。そのチッソが、裁判で勝訴後に行政認定された原告に対する補償を拒否していたことも判明。水俣病問題はこの1年、大きく揺れ動いた。
新救済策実現に向け、チッソ分社化法案も検討する考えを表明した与党PTの園田博之座長=12月18日、東京・永田町

(この特集は石貫謹也、楠本佳奈子、渡辺哲也、潮崎知博、井芹道一が担当しました。)
| 記事一覧 | |
| 特措法成立 与野党思惑、絡み合う | |
| 補償拒否 チッソ「裁判で賠償済んだ」 患者「たらい回しやめて」 | |
| 不知火海沿岸の住民一斉検診 特徴的症状、9割に | |
| 県の認定審査会 1年7カ月ぶりに再開 | |
| 不知火患者会訴訟 和解に向け事前協議 | |
| その他の訴訟 認定基準、司法どう判断 | |
| 国連、水銀規制策導入へ 2010年から政府間交渉 | |
| 2009年の主な動き | |
動き出す 「最終」解決 |
| 2010年1月13日~1月15日 |
水俣病2009(2009年末特集) |
| 2009年12月31日 |
水俣病問題のこの一年を振り返ります。
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水俣病関西訴訟 最高裁判決から5年 |
| 2009年10月14日 |
水俣病の発生・拡大をめぐる国と熊本県の賠償責任を確定させ、被害を広くとらえた関西訴訟の最高裁判決から、15日で丸5年・・・
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政権交代 水俣病救済の行方 |
| 2009年10月3日~10月5日 |
政治決着の行方 緊急連載 水俣病救済法案 |
| 2009年7月3日~7月5日 |
風上の国から 中国水銀国際会議 |
| 2009年7月1日~7月9日 |
水俣病特措法と政策の「ゆがみ」 <寄稿>室蘭工業大大学院教授・永松俊雄 |
| 2009年6月26日~6月27日 |
水俣病公式確認から53年 |
| 2009年5月1日 |
水俣病公式確認から53年目の節目に、公害病の地域指定とは何かを探ります。
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分社化の思惑 チッソ 責任の行方は・・・ |
| 2009年2月8日~2月19日 |
水俣病2008(2008年末特集) |
| 2008年12月30日 |
水俣病問題のこの一年を振り返ります。
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判決を前に 水俣病溝口訴訟 |
| 2008年1月21日~22日 |
2007年末特集 水俣病この一年 |
| 2007年12月29日 |
国と熊本県の責任を断罪した二〇〇四(平成十六)年十月の関西訴訟最高裁判決後、新たな認定申請者が急増した水俣病問題。熊本県の認定審査会は再開したが、認定基準を見直さない姿勢に反発が続き、新たな訴訟も相次いだ。
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混迷…水俣病 最高裁判決から3年 |
| 2007年10月13日~10月16日 |
どうなる 水俣病救済 |
| 2007年7月4日~7月5日 |
水俣病救済への座標軸 ―被害者団体に聞く |
| 2007年6月14日~6月17日 |
水俣病50年 第13部 未来への約束 |
| 2007年5月25日~6月2日 |
水俣病50年 第12部 国策会社チッソ |
| 2007年5月1日~5月12日 |
水俣病50年 第11部 不知火海を歩く 水俣編 |
| 2007年4月2日~4月8日 |
水俣病50年 シンポジウム |
| 2007年2月10日 |
水俣病50年 第10部 官の論理 |
| 2007年1月1日~1月11日 |
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