熊本県重文に「光圓寺の梵鐘」 織田家と細川家の深い縁示す
2010年03月04日
県文化財保護審議会(阿蘇品保夫会長)は3日、八代市の光圓寺[こうえんじ]境内にある肥後細川家二代忠興(三齋)が寄進した梵鐘[ぼんしょう]を県重要文化財(工芸)に指定することを了承した。4月以降の県教育委員会で正式に決定する。
県教委によると、梵鐘は1614(慶長19)年、忠興が織田信長の33回忌に際し、細川家とともに京都から小倉城下に移った泰岩寺[たいがんじ]に寄進した銅製の釣り鐘。総高123センチ、口径71・3センチで、双頭の竜の形をした竜頭[りゅうず]や8葉の蓮弁がある撞座[つきざ]2つを持つ。
忠興の八代城入城に伴い八代に移った泰岩寺が、明治維新後に廃寺になると、梵鐘も処分されようとしたが、光圓寺の関係者らが価値を惜しんで現在の同寺に移したという。
鐘の中段や下段に刻まれた銘文には、1582年の本能寺の変の後、初代細川藤孝(幽齋)・忠興親子が髪を切って信長への弔意を示したことや、織田家と細川家の深い縁を示す文言などが記されており、梵鐘の寄進の経緯なども詳しく分かるという。
審議会では「細川家をはじめ、安土桃山時代など時代の変遷が分かる史料になる」と評価された。正式に指定されれば、県指定重要文化財は384件(3日現在)となる。(浪床敬子)
つい先日、京都を訪れた折に、本能寺にお参りしました。境内の隅には信長廟があり、その前で手を合わせると、「本能寺の変」が起こった場所とは到底思えないような静寂に包まれます。
そこで、一緒に行った友人と、「細川忠興の妻・ガラシャは明智光秀の娘だから、熊本にも縁があるんだよね」と話しながら歩いていると…
向こうから歩いてくる若い男性が一人。すれ違いざまに見た横顔は、「もしかしてフィギュアの織田信成!?」と思うほど似ていました。冬季五輪期間中だったのでそんなはずはありません。本能寺が見せた幻だったのでしょうか…(ひとみ)
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