【連鎖の衝撃 メディア編①】悪質デマ、瞬時に拡散 ネット情報、真偽確認を
災害時は情報を早く正確に被災者に届け、全国にも発信する必要がある。しかし、悪質なデマや誤った情報が流布したり、避難所などで報道機関と被災者のトラブルが発生することもある。情報発信の在り方と、受け手の対応はどうあるべきか。「熊本地震 連鎖の衝撃 メディア編」として、熊本地震の現場から考える。
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4月14日午後9時半すぎ、熊本市東区の市動植物園。ヤギにミルクを与えていた獣医師の松本充史さん(44)は、前震の激しい揺れの後、急いで猛獣舎へ向かった。ライトで照らされたライオンは、いつも通りの落ち着いた様子。安心した。
他の動物たちを確認するために園内を回っていると、携帯電話に知人から連絡があった。「ライオンが逃げ出したという情報が、インターネット上に流れているぞ」。逃げ出すはずがない。松本さんはデマだと悟った。
2時間ほどで事務所に戻ると、2人の職員が鳴りやまない電話の対応に追われていた。ライオンに関する市民からの問い合わせ。電話は翌朝まで続き、100件を超えた。
市動植物園が電話対応に追われていたのと同じ頃。熊日社会部には、短文投稿サイト「ツイッター」が情報源の別の情報が寄せられていた。「大型ショッピングセンターで火災発生」。その場にいた記者たちの脳裏には、東日本大震災の火災の様子がよぎった。
デスクがすかさず、記者の1人に大型ショッピングセンターへ向かうように命じた。同時に、別の記者に消防本部へ確認を指示。数分後に得られた消防本部の答えは、「火災の事実はない」だった。
熊本地震では、前震直後から悪質なデマがネット上を飛び交った。その中には「熊本の井戸に朝鮮人が毒を入れている」という投稿もあった。1923年の関東大震災の際、多数の朝鮮人の殺害につながったデマを模倣した内容。災害の混乱と不安に乗じてデマが広がる現象は、現代でも変わらないどころか、より広く瞬時に拡散する危険性を浮き彫りにした。
県警は、約190件の不審な情報を確認。サイバー犯罪対策課は「実際に広まったデマはもっと多いだろう」と分析する。
県内の大学生でつくる「サイバー防犯ボランティア」は普段、県警と連携しながら週1回、危険ドラッグの売買などに関する有害情報の発見に活躍している。しかし、地震後はデマの発見に力を入れた。メンバーの熊本学園大4年、宗雲[そうぐも]大樹さん(21)=益城町=は「被災者の一人として許せない」と憤る。
一方、熊日は前震翌々日の16日付朝刊に「ライオンは逃げていません」という記事を掲載。その後も、デマに惑わされないよう読者に呼び掛け続けた。
県警は7月20日、ライオンのデマをツイッターに投稿したとして、偽計業務妨害の疑いで、神奈川県の会社員の男(20)を逮捕した。災害時にネット上にデマを書き込んで逮捕されるのは、全国初。男は「悪ふざけでやった」と供述しているという。
熊本学園大商学部の堤豊教授(情報科学)は「SNS(会員制交流サイト)は短時間で情報を共有できるため、災害の場合はメリットも大きい」とした上で「安易に拡散するのではなく、怪しいと思ったら新聞やテレビ、行政のホームページなど公的情報で裏付けを確認する必要がある」と指摘する。(園田琢磨)
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